来るべき世界 1


「業界再編に向けての草案」


目下の課題は現行のハンドルカテゴリーの再編成である。
周知のとおり、芸能人は現行では以下のどれかにしか属せないでいる。

俳優
エンターテイナー
アーティスト(歌手)
コメディアン
その他

このうち、音楽を生業とする人間が名乗れるハンドルは現在では、
「アーティスト」、「その他」、それから「エンターテイナー」の三種類しかない。


カテゴリーが極端に減少によって、
例えばレコード店などでの消費者の探索作業に負担が生じるという問題が発生している。
当機関発足時までは、アーティストを曲調や国別に分けてカテゴライズしていたが、
これは、リスナーもであるが、アーティスト側からしてみればそのようなカテゴライズは不当なものであった。
この、リスナーの、店舗における平均探索作業時間遅延は、
電子端末による検索機能の発達に伴って軽減されることにはなったが、
表現者とそれを支持する人の間では、このカテゴリーの少なさは逆に不満の種ともなった。

私が今期の音楽関連担当に任命されたことで大幅にカテゴリーとその制度を変更することとなる。
それは民意でもある。
前担当がその職位を賭して作成にこぎつけたハンドルが「その他」だけであったとしても、
当時の世論を考えると無理からぬことであった。

周知ではあると思うが、ここで使用される
「肩書き(ハンドル)」
という単語について改めてその重要度を説明しておく。
ある個人が、人間社会の中で生活していくための金銭、
あるいはそれに相当する物品を取得するための、手段の種類を
「職種」
と呼んでいる。
旧制度時代においてこの職種は、自称、他称何でもござれの世界、すなわち名乗った者勝ちの世界であった。
しかし、この名乗った者勝ちの制度を許さない職種が、世の中には多数存在する。
例えば、国家の資格を持たないと名乗れない職種、
すなわち著名なものでは弁護士や弁理士、司法書士、警察官といった職種。
あるいは資格を必要としないまでも、他人を陥れることのできる職種。
例えば実際には存在しないが、いかにも国家に公認されているかのような名前の職種。
例えば「公認〜」といった偽の職種。
こういった職種に対しては、名乗った者勝ちを許さない社会的な制度が存在するため、
名乗る側もある程度の自重を必要としている。
そんな中、名乗る側の自重や責任を必要とせず、名乗り放題で、
かつ世間に影響を及ぼす職種が野放しになっていたのである。

芸能界である。


この野放し状態を粛清するために、当機関は発足された。
しかし、発足当初は機関運営の理想と現実が食い違い、
また、芸能界からの大きな反発もあり、改編は遅々として進まず、
特に音楽業界に関しては前音楽担当によって新ハンドル「その他」が加えられて以来、
大きな改編を与えられず、今に至った。
しかしながら前音楽担当の業績は目覚しいものがある。
新ハンドル「その他」を加えることによって「えせミュージシャン」を「音楽家」や「歌手」と呼ばせなくしたのである!
つまり、そんな自称でしかない「えせミュージシャン」を「その他」というハンドル以外では名乗らせないことに成功したのだ。
すなわち、旧制度時代にアイドルなどと呼ばれていた輩は今やミュージシャンでも何でもないのである。
彼らは確定申告の際もその職種には「芸能(その他)」としか書けない。
これによって「歌手」という職種は自他ともに認める真の表現者しか名乗ることはできないのである。
もっとも前担当はこの「その他」カテゴリーを加えることに成功したものの、
それに反発する幾つかのグループからの圧力によって、その職責を解かれ、一時は生命の危機にまでさらされた。
現在も彼は当機関によって保護されており、その所在を明らかにはしていない。

「ハンドル」とは、芸能界において、表現することで生活する人間全てに付与される肩書き、
職種であり、当人は第三者に対して、このハンドル以外を名乗ることを禁じることを可能とした。

しかし勘違いしないでいただきたい。
当機関の主な役割は、この芸能界に属する真の表現者たちを全力でサポートすることであって、束縛することではない。
そのハンドルのステータスを守らせ、真の表現者が称えられるべき存在であることを世間に認識させることにある。


今、私の中にある草案をいくつか紹介したい。
尚、これらは数年のうちに施行される。
私の命を賭して。


積極的な肩書き(職種)の変更

マイケルジョーダンは野球選手として失敗に終わった。
彼の意図を私は汲むことは出来ないが、あれが積極的な姿勢であったのなら、
それはこの対象の一例である。
あるハンドルに対して、個人の価値観でそのハンドルを極めたと思われる人間は、
第三者である当機関の承認を得ることで、そのハンドル変更を申請する際には「P」のフラグが立てられる。
このフラグの人間に対して、当機関と、この人間が前ハンドル時に所属していた商業機関は、
既定の条件にしたがってこの人間を金銭的、社会的にサポートすることとする。
当機関は、生涯一職人で終わるのと同程度に二束のわらじを尊重し、厚遇する。

一方、これまで社会が許していたような、安易なハンドル変更は一切認めない。
あるハンドル、これが持つそのステータスを貶めるような人材も、遡ってこれを剥奪する。
更に、安易な二束のわらじも、これを履くことを許さない。
一例として、歌手としての江角マキコを認めない。
一例として、俳優としての宮本浩次は、当機関の全力をもってこれをサポートする。
言いかえるとフラグ「P」の対象となる。
(ただし、本人が望む場合はこのサポートを断ることも出来る。)
したがって、セカンドハンドル、サードハンドルと、複数ハンドルを持つものは
必然的に当機関のサポートが大きくなっていく。
該当者が望めば、例えばグリーンカードの取得、新ハンドルによる宣伝活動、
プライベートの保護など、そのサポートの種類は多岐に及ぶ。


品質向上によるハンドルの変更、自由化

これが、今一番もっとも話題を集めている問題である。
近年のわが国における音楽は、そのカテゴリーの幅が広がり、カテゴリーとして意味をなさなくなってきた。
それも当然と言えば当然である。
商業的見地から彼らはいくつかのジャンルにカテゴライズされ、商品は店頭に並べられる。
旧制度時代(2000年初頭)は、ほとんど意味の成さない
「ポップ」

「ロック」
といったカテゴライズによって店頭配置されていた。
これが、機関発足により、上記で述べた三種類のハンドルでのみ分けられ、
一部の消費者には「少なくとも無意味なカテゴライズを脱した」として賛辞を送られはしたものの、
商品を見つけるまでの、消費者の実際的な平均探索作業時間は増加したため、
業界全体の景気は数%減少するに至った。

こういった時代背景と、そもそもカテゴリーなど音楽には必要がないという、
私自身と、見識ある当機関の調査チームの観点から、この案は発生している。

職業として音楽を選んだものは、本会議の決定によって得られた初期ハンドル(イニシャルハンドル) を甘受せねばならぬこととする。
その後、当人の成した功績、結果を鑑みて、そのハンドルの自由度を挙げていくものとする。
ただし、デビュー時の理念によっては永遠にそのハンドル変更を許可しない場合もある。
参考までに、ジャニーズからデビューした人間は新ハンドルである、
「ルックス」
から始まり、ハンドル変更には一層の努力を要するものとする。
また、モーニング娘に対しては、そのコンセプトを変更しない限り新ハンドル
「玩具」
以外のハンドルを与えない。


肩書きの細分化

あくまで音楽業界は消費者の手元にその表現が届いていくら、の商売である。
上記で述べたような、消費者の実際的な平均探索作業時間が増加しては、
ある意味において、制度は後退したとも言えかねない。

一例として、アーティスト、グレイプバインに対しては、ハンドル
「アーティスト(バンド)」
以外に、
「グレイプバイン」
という個別ハンドルを設け、店頭においても「グレイプバイン」というカテゴリーを設置し、他との区別を図る。
当然確定申告等においても、ダウンタウンなどと同様、その職種欄にはそのままバンド名が使用できる。


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